変態のなんちゃって人文学

日本史には男色は文化的に当たり前だった様な感じがするんだけど、キリスト教の普及した国では、まあ、罪だったわけで。

でも、世界中に変態事件は結構残ってる様な気がして、男色だけが随分意図的に隠されている気がする。

フランス革命を起こした啓蒙思想を広めたルソーは変態だった。っていう変態エピソードだけ知ってたもんだから、ルソー的には変態性を悪びれなく書いてるのかしら。変態を強くする物なのかしら。と、思ってKindleで上巻をダウンロードして読み始めた。

まだ冒頭の幼少期なんですが、そもそも冒頭の内に嘘はつかずに語る、この事でどう思おうが構わんが、人間ってこんなもんでしょ?高潔ぶるつもりはない!!的な感じに読めた。

私はあまり根本的な頭は良くないので、フランス語の翻訳がややこしいくて、冒頭の哲学的な部分はそんな読み方しか出来なかったのだが………

最後の審判のラッパはいつでも鳴るがいい。わたしはこの書物を手にして最高の審判者の前に出て行こう。高らかにこう言うつもりだ──これがわたしのしたこと、わたしの考えたこと、わたしのありのままの姿です。

めっちゃかっこいいじゃんwwwって思いました。

最後の審判が出てくると言う事は、嘘は罪みたいな価値観がもしかしてあったのかな、キリスト教でダメな事シリーズの中に嘘と同棲愛と盗みが確かあったような気がする。

サウンド・オブ・ミュージックで車のパーツ盗んだシスターのシーンで、ミッション系の学校を出ている母が教えてくれただけで曖昧な記憶だし、多分想像するにもっとあるけど………

そんなわけで、一応ルソー的にも色々と詳らかに語る事で、一般の人が顔を顰めるという自覚はあったんじゃないかと思い直したわけなんだけど。

でも、男色よりマシみたいな感覚はあったんだろうなぁと想像する。

屋外露出とかしてたらしいし。(まだそこに至ってないけど)

ただ、ルソーだけじゃなく、あの当時の、まあ、革命でハチャメチャも良いとことはいえ、フランスでは同棲愛程の罪にはならなかったのだろうと思う。

熟女との逢瀬でルソーの年齢はまだ詳しくしらんが、余程の事でもなきゃ別に罪にならないし、子供を全員孤児院に送るのは当時でも女性からは不評だったらしいし。

性的な面を罪に問うのは、極めて平和な証拠なのかもしれない。

日本では今の所SMだけで罪を問われるわけでは無いけれど、風営法はそこそこ厳しいので、その範囲内でコソコソ遊ぶという事は「罪」ではない。と言う事になっているのだと思う。

それによる事故や事件はまた別物だけど。

革命の引き金になったルソーが詳らかに語る事で、少しそういう面も見えてくるから面白い。

ただの想像ですけど、SMが人気の国々はSMを含む遊びは、同棲愛よりマシという区別で、今でも同棲愛が禁忌の国にとっては、亡命もしくは絞首刑らしい。

石投げという刑はきまっていても実行されたことは無い。という国もある。

日本は男色大国でしたが、今は同棲愛に差別的な人は居ます、その一方で、差別に対して嫌悪する人もいる。

差別はあった、過去を怒っても何も変わらなくて、じゃあ自分は同棲愛を差別しない!それもまあいいと思う、けど、差別の歴史は頭に入れて、人として、守るでも切るでもなく、人として過ごせば良いと私は思う。

変態さんにもそう、私も変態だけど、隠れる事も否定しない、恥ずかしく思う事も否定しない、傷付く事もあると思う、けど、人としてのあなたは?と、常に問いたい。

私達SMの人は、性癖と社会性は必ずしも一致しない事をよく知っているのですね。

社会的に素晴らしかろうが、ヤバかろうが、変態だろうが、無かろうが、そこに関連性はあまり見いだせない。

私は社会正義的な物は見いだせない性分だし、今の政治に対して何か革命的な思想は持ち合わせていないけども、SMを趣味にしていても社会的に駄目かと言われると、少々脳天気なだけで、そんなに社会とズレてるとは思っていない。

多分、ルソーから得られる物は、変態だってスゲー!じゃなくて、誰とも同じではない人間である自分が事更に変態でも気にしない。って所だと思う。

他の事に懇懇と積み重ね、革命だろうがなんだろうが、励んだ時、変態という一点で自己評価を下げる必要は無いのではないか?と思わせてくれるのでした。

着地点を霧の中に見失ったので解散!!!

あ、でもね、ルソー程の変態でも何百年も本が残ってるので、今目の前にしてる変態な面だけに今だけの価値観でとやかく言っちゃうのは、良くないんじゃないかなーと、たまにSNS見てて思うのよ。

今日、女の子友達が、初めて旦那さんのアナルに指を入れた、という連絡を頂いて、ハートフル変態最高と思いました。

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