ジャン・ジャック・ルソーの告白、全然終わりが見えないでござる!!
そんなわけで、女王様的な感想。
これ、分析じゃなくて感想な。
なんせまだ上巻の30%ですから。
まず、当時まだ平民の人権というものは、あったのかもしれないけど、概念上は認知されてなかったと言う事だと思うんだよね。
30%の段階で、ルソーが影響を受けた本や思想や人物が結構出てくるので、もしかしたら既に人権という思想や言葉はあったのかもしれないけど、私はルソーの思想的な書籍を全て飛ばして「告白」を読んでいるので、正直、素直に全くわからん。
ただ、ルソーがマゾ的な好みを自覚していた点で、想像した事だけ書きたいのですよ。
SM愛好家のマゾの皆さんは、人権や尊厳を剥奪される事を擬似的に楽しむ、という情熱を持っている人が多いと思うのですよ。
これ、そもそも人権があるっていう自覚や経験が大前提になっているんですよ。
無いものを剥奪されるって、おかしいし、ありえないんですよね、頓知ですか?ってなる。
私はここで想像したわけです。
目に見えないし法律にも無い、けど確かにある何かを剥奪されて喜んでいるのですよ。
そして、知的な理性や恥の感情を深く感じている。
この、剥奪された何かを極めて論理的に推理していって、辿り着いたのが平民の人権という物だったのかもしれない。
既にあるものを認知し掬い出し言語化して体系化する事が、そもそも哲学であると私は思うのだけれどね。
学問全般そうですよね、化け学ですらそうなんですよ、宇宙全体の当たり前の現象を発見する事だと思うからね。
ウィキペディア等の情報によると、ランベルシエ嬢からの不当な虐待でマゾヒズムに目覚めたとあるが、これは随分違うと思うのよね。
正当な懲罰に信頼と愛情が行き過ぎて興奮していたのであって、不当な懲罰にはとんでもなく頑固に抵抗して後々まで激怒しているし、実際に手を下していなくても罪と断じて罰を決めたランベルシエ嬢への信頼や愛情もこの件で冷めきっている。
ここは人権の基礎概念に関わる凄く大切な「違い」になると私は思うのだけれど………一般的にはそうではないのかしら………
勢い任せに一般論を外れるとしたら、私の中ではSM古典の一つであると思っているスパンキング界隈の硬派ディシプリン派のスパンキーさんは、不当な懲罰は好まない。
その後、十一歳で出会う二人の女性、ヴュルソン嬢は純潔な恋の象徴。ゴトン嬢は完全にミストレスという存在で、なおかつ行為は正にプレイ的なラブスパ(ゴトンとルソーのたたきあい)だったのでは…………と思った。
彼は決して不当な虐待に興奮を覚えたのではなくて、正当な懲罰に愛と優しさを感じて興奮を覚えたのだと思う。
まあ、それもこれも、子供の頃の話であって、根幹にはあるかもしれないなあと思う位のことですよね。
しかし、熟と思うけど、何歳になってもこういう勉強的な読書って凄く楽しい、義務教育では、この全体の流れをなんとなーーくふんわーーーり攫うわけだけど、そもそもフランス革命という言葉を知ってる事が大事だったと改めて思うわけです。
私は子供の頃に不登校を経験していたから、学校の授業としては実はあまり覚えてないんだけどね笑
家族が歴史に明るかったので、今思えば変な人達だったなと思う様な、濃い歴史ジョークを飛ばされる家庭環境によるところが大きいけど。
ただ、名前位知っているという事は、こうして今、変態らしいという理由でジャン・ジャック・ルソーの本を読もうという、ハードルを下げてくれるわけだ。
この事に社会的な何か意味があるとも思えないけど、個人の人生としてはとても豊かですよ。
人生を楽しい事に費やす為に、生きてると私は常に思っている。
これから社会に一石を投じよう!!!なんて事は全く思わないけどね。
私は、M男さんが変態である事に悩んでたら、堂々と言えるんですよ、それが社会的に何か問題があるとすれば、そこに頓着して自分を疎かにする事だけだ。と。
少なくとも、私の関わるM男さんを真っ向から肯定し続ける理由にはなるわけです。
たったそれだけでも、私にとっては物凄い大切な事なんですよ、ただソンナコトナイヨと言うのにも、嘘偽らない味が出るからね。
そうそう、挫折してる論語も読まないといけないし笑
どうでもいい余談だけど、カトリック教徒の男色エピソードとか出てきて、益々もって同性愛に対する否定的な感覚がさっぱりわからなくなりました。
私はそもそも同性愛と変態のキリスト教圏の社会的比較をしたくて読み始めたので、一定の成果が出たわけなんだけど。
そりゃ、ルソーみたく突然知らずに手を出されそうになったら憎む事もあるかもわからんけどもな。
そんな人が全てじゃない事位現代人なら理解してるだろうし、もはやいざ法律を変えるとなったら忙しいから嫌なだけなのかなと思いました笑
流石に、人の思想はそれだけじゃないだろうとは思ってるよ!?
けど、アテネとか同棲愛の軍隊が愛の力でめっちゃ強くて重用されてたり、そりゃ今より更に否定されてる時代もありつつ、それ等の歴史にこうも簡単にアクセス出来るこの時代に、純粋に、嫌がる理由がわからないのだ。