正見という矜持

SMについて、実はそんなに語る事ないな……と、先日思いまして、そんなわけないだろ……と考えていました。

某有名店のお友達女王様のお話を聴きながら、ドエロイな~幅広いな~凄いな~素敵すぎるな〜と思いながら。

私もそれはやるね、私はそれはやらないんだよね、っていう返ししか出来ない。

大丈夫か私のコミュニケーション能力!ゴミか!ゴミなのか!!って思ったりなどした。

あまりにも違うプレイスタイルは、ひたすら聴くのが楽しくて仕方がないからという面もあるけれどもね。

私は、あまりにも違うからこそ会って話す意義が大きいと思っております。

が、改めて私がSMを語るならば、何を語るのだろうかと、一応考えてみたら面白かろうと思う。

私がSMの矜持について、語るのであればですよ。

私とSMしよう!!ですね。

私はバカの一つ覚えみたいに円香なので、円香は円香でしかないのです。

他の誰にもなれないタイプの人間であります。

私を拡張していく事は確かにある。

なので、未知のプレイに飛び込んで行ったり、未知のプレイの経験を、M男さんに伝播させたり、常にネットワークの一部でしかない様な感覚だ。

二人の空間は二人で作るものだ。

架空の誰かじゃない。

この世の中、私以外は皆私以外だし、貴方以外は皆貴方以外だ。

噛み合うを楽しむ様な、噛み合わないを楽しむ様な。

そんな哲学的な時間を作ろう。

私は貴方自身を誰よりも真剣に見つめるよ。仏教的に言えば「正見」をやるよ。

それしかないよ。

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